十文字掌編小説ぶろぐ

べんべんとした日常に豊かな物語を。短くたって構わない。豊かなものでさえあれば。 不定期の更新です。月3回を目標に。

カテゴリー "フェーブル" の記事

『仰向けのカメ』

 釣りをしようと青年が浜辺に向かった時の話です。

 ふと海岸沿いに目をやると、小ぶりな岩が不自然な場所に転がっているのを青年は見つけました。
 その岩に近づくと、どうやらそれは岩ではなく、一匹のカメでした。しかもそのカメは、仰向けになっていたのです。
 もしかしてと、恐る恐る青年が近づくとカメが言葉を発しました。

「余計なお世話だよ」

 岩がしゃべったような低い声でした。

「すみません」

 思わず謝った青年は、カメのひっくり返った顔をのぞき込みながら聞きました。

「何かあったんですか?」

「あんたには関係ない」

 そう一蹴されると、流石の青年も言葉を返せません。

 カメはいったいどうして、このような状態でいるのでしょうか。青年は考えました。

 カメは自分の力だけでは、仰向けになることはできません。何か別の力が加わったことは間違いありませんでした。しかし、カメの周囲には現在青年しかいません。そうなると考えられるのが、海の波にさらわれひっくり返ってしまったか、あるいは誰かの手によってひっくり返されてしまったのか。

 青年は後者の可能性を考えました。もうすでに、辺りに人影はありませんでしたが、このカメはいたずらっ子の手によってひっくり返されてしまった。しかしカメもプライドが高く、「助けてほしい」と言えないでいるのだろうと。

 このプライドの高いカメをどうしたら救ってあげられるか、青年は知恵を絞りました。

「カメさんの、甲羅って重そうですよね」

「……それが、何だって言うんだ。人間のあんたなんかにわかってたまるか」

「だから今、休憩されているんじゃないんですか?」

 ふんっと鼻を鳴らすカメ。どうやら青年の考えていることで間違っていないようです。ただ、青年が色々と考えを巡らせ、カメが元通りになるためのきっかけを作ってあげようとしたのですが、カメは頑なに仰向けの状態から動こうとはしませんでした。

 そこで青年は、はっきりとカメに対して苦言を呈することにしました。

「そこまで意固地にならなくたって良いじゃないですか。確かに悪いのは僕ら人間かもしれません。でも人間の中には良い人だっている。困った時はお互い様ですよ。それに僕は見返りなんて求めませんし、ただあなたを助けたいって――」

 するとその瞬間、いつの間にか満ちてきていた海の小波にカメは襲われ、その勢いとともに、くるんとカードがめくれるように元に戻りました。

「カメだからと言ってのろまだとか、一匹じゃ何もできないとか、いじめられているんじゃないだとか。人は見た目だけで早計に判断しすぎだ。もっと物事の本質を見極められる力を身につけてから、『助けたい』と口にするべきだ」

 そう言い残して去って行くカメの甲羅は、それはとてもとても綺麗なものでした。
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『白馬の王様』

 とある小さな国の王様は、毎日自慢の白い愛馬に乗って散歩をするのが日課でした。
 最初は気分転換のつもりで始めた散歩だったのですが、いつしか国中の民のご機嫌伺いとなり、王様にとっては国の内情を肌で感じることができる良い機会でもありました。

 そんなある日、いくら援助をしても、貧しいままでいる村があるという噂を耳にして、王様は国の外れにあるその村を訪れました。そこで、道端に座り込む一人の村人に声をかけました。

「お主、この村で困っていることは何かあるか?」

 その問いかけに、村人は震えながら答えます。

「いいえ、王様。私たちの村はすでに国から様々な褒美をいただいておりますゆえ、これ以上望むものなどありません」

「それはまことか。ではなぜ、お主の身なりはそれ程までに貧相なのだ?」

「これは、戒めです。私たちにとって贅沢は毒。毎日ご飯を頂けるだけで十分なのです」

 贅沢は毒。その言葉が王様にとっては驚きで、そういった考えを持つ人がいることが不思議に思いました。そこで、三度問いかけます。

「それでは、お主にこの私の馬はどう見える?」

 白く宝石のように輝く毛並みの白馬。村人が近づくことさえできないほどに、神々しいオーラを放っています。

「私には、王様のものをどう見えるのかとお答えすることは、大変失礼に当たります。ですから――」

「構わん。申してみろ」

 王様の言葉に、村人は一度つばを飲み込み、意を決して口を開いた。

「……そうですね、私には骨のようにしか見えません。ああ、ですがとても太くて立派な骨です」

 そう言われ、王様は改めて自慢の愛馬を見つめます。

「どこの馬の骨ともわからんやつに言われてしまったな」

 すると、王様の言葉に白馬が応えました。

「わたしは構いません。もう老馬ですから。とはいえ彼の言葉をしっかりと心に留めることが大切ですよ。あなたは馬ではないのですから、念仏もしっかりと届いているのでしょう」

『十字路のカエル』

 雨上がりの午後。誇り高き旅人が林道を歩いていると、途中で看板の立つ十字路にさしかかりました。
 その看板には『右 沼地、左 行き止まり、直進 宿舎』と書かれていました。旅人はその案内に従いそのまま真っ直ぐ進もうとすると、ふと誰かに呼び止められました。

「お主、何者だ」

 驚いて旅人は辺りを見回します。しかし辺りには誰もいません。

「こっちだ。どこを見ている」

 再び声が聞こえたので、声のした方向を見ると、ちょうど看板が刺さっている地面の根元に、手のひらサイズのカエルが佇んでいました。旅人が疑いの目を向けると、カエルが口を開けて言いました。

「また間抜けな面だ」

「うわっ!」

 旅人は驚いて腰を抜かします。それを見て再びカエルは言います。

「お主の様なふぬけが、旅をしているなんてな。いいかこの先に宿などない。あるのは墓場だ。だから引き返しな」

 引き返せと言われても、旅人はここまでとても長い距離を歩いていました。なのでそれはできないと首を横に振ります。
 すると、カエルは呆れた様子で言いました。

「いいか、この先にあるのは朽ちた廃屋だ。それ以外何もない。それにこの先を進んだ者は二度と帰ってこなかった」

 その言葉に旅人は聞き返します。

「それじゃ、他の道の先はどうなんだ?」

「右の沼地は今じゃ蛇の住処になっている。人をも飲み込む大蛇だ。その大蛇に熟された人間は後を絶たない。そして右の行き止まりは崖だ。草木が生い茂っていて崖の先を見誤って滑落した人間を何度も見てきた」

 旅人はこういった話を何度も逸話として聞いたことがありました。
 岐路に立つ水先案内人は、通行人を陥れようとします。そのため他の道へは危険だと嘘をつき、通行人を誘導するのです。
 自分は騙されてはいけないと思い、旅人はカエルに質問を投げかけます。

「なら私はどの道を行けばいい?」

 するとカエルは前足を降りながら言いました。

「それはさっきも行っただろう。帰れ、もと来た道をだ」

 すぐにそれはおかしいと旅人は思いました。来た道はずっと一本道でした。分かれ道はここが初めて。このまま帰ったとしても、何もありません。陥れようとするなら、必ずどこかの道を勧めるはずです。
 このカエルの目的は何だろう、旅人は考えます。本当に身を案じて忠告しているのでしょうか。それともこの道の先にある何かを隠しているのでしょうか。旅人は考えたものの、はっきりとした答えは浮かばず、一か八かの賭に出ることにしました。。

「悪いが私は来た道を戻るわけにはいかない。この三本の道の中で最も謎な道は正面だ。お前はこの先の道にあるのは朽ちた廃屋と言い、この道を進んだ者は帰ってこなかったと言う。それは逆に帰ってこずとも済むということなのだろう。それに例え何が待っていようと、それが旅なのだから初めから覚悟はできている。鬼が出るか蛇が出るかだ」

 そう言って旅人、は看板に宿舎と書かれた道を真っ直ぐ進んでいってしましました。
 それを見送ったカエルは、つばを吐き捨てるかのように言いました。

「けっ、やっぱりああいう放浪者どもは、みんな何を言ったって聞かねえ。蛇の道は蛇、蛙の子は蛙、己の人生顧みることもせず、ただ前だけ向いてりゃいい気になりやがって」

 それからカエルは、地面に刺さっていた看板を抜いて、反対側の道にそれを指しました。すると、ちょうど旅人が進んだ道は帰り道になりました。そして旅人は二度とカエルの前には姿を現しませんでした。

『お金をくわえた犬』

 とある旧市街のバザールで、手作りのアクセサリーを販売していた一人の婦人がいました。閑古鳥が鳴く婦人のお店はとても質素で、置いてあるアクセサリーも、どこかその本来の輝きを失っているようでした。
 そんなある日、その婦人のお店に一匹の老いた犬がやってきました。見ると犬の口には煤汚れた袋がくわえられています。婦人は恐る恐るその袋の中を確認すると、現金が入っていました。

「あらまあ、これはどうしたの?」

 婦人の問いかけに、犬が答えるはずがありません。しかしその犬は、婦人を見つめ何かを求めているようでした。もしかしたらと、婦人はその現金に見合った価格のアクセサリーをひとつ、袋の中に入れてあげました。すると、犬はその袋をくわえ、どこかへ行ってしまったのでした。

 それから数日後、再び袋をくわえた犬が婦人の前に現れました。婦人が袋を受け取ると、前回よりも少し多い金額の現金が入っていました。婦人はその現金に似合った価格のアクセサリーを入れて犬に渡しました。

 そんなやり取りが何度か繰り返さる度、婦人は一抹の不安を抱きはじめていました。それは、日に日に袋の中に入っている現金が増えていたからです。
 最初は小さなイヤリング。ブレスレット、そしてネックレス。商品が売れていくことは有り難いのです。しかし少しずつ増えていく現金。いつかその現金に見合ったアクセサリーがなくなってしまうことは、わかっています。その時、何を袋の中に入れてあげればいいのか、婦人は悩みました。

 そしてその日は訪れます。婦人は悩んだあげく、お店で売っている一番高価な指輪とともに一通の手紙を添えて、犬がくわえる袋の中に入れました。この犬の飼い主に読んでもらうためです。恐らくこの犬の飼い主は、アクセサリーを買いたいけれど、自由に外を歩けない状況なのでしょう。なので飼い犬にお使いを頼んだと、婦人は判断しました。
 手紙の内容は謝罪文と、どうして自分のアクセサリーを買ってくれるのかという素朴な疑問を投げかけたものでした。

 するとその翌日、その犬が婦人の前に姿を現しました。しかし、犬がくわえていた袋の中には何も入っていません。婦人はどうしたものかと悩んでいると、どこからともなく低い声が聞こえてきました。

「その首輪はいくらだ?」

「はい?」

 よく聞くと、その声は目の前の犬のものでした。とてもはっきりした声です。婦人は驚きながらも、その言葉に答えます。

「これは……廉価なんです。他の物のほうが良いかと」

「ものの価値は自分で決めるもんじゃあない。価値はそれを求める者が決めるべきだ」

「しかし、これはもう長いこと売れずに残っている物なので、まさかこれを欲しがる方がいらっしゃるとは。でも、どうしてこれを?」

「俺たちの社会じゃ、アクセサリーは高く売れる。皆、アクセサリーをつけたがるんだ。着飾って人間に気に入ってもらえるようにな。特に首輪は高級だ。お前ら人間に、その価値はわからないだろう」

「それなら、これは差し上げます」

「いや、曲がりなりにも俺も商売を生業にしている身。ただで譲り受ける訳にもいかない。明日また出直してくる」

 そして翌日、その犬は袋の中にお金を入れて持ってきました。その額は、今までで一番大きな額でした。さすがにそんなにお金は受け取れないと婦人は断るも、犬は言いました。

「人間は物の対価として金を望む動物だろ。俺はこのアクセサリーを食べ物の対価としていただいている。俺みたいな老いた犬は、着飾ったところで誰も養ってはくれない。だから、まだ若い犬たちにくれてやるのさ」

 渋々お金を受け取った婦人は、空いた袋の中に首輪を入れました。そして、ひと言添えます。

「ねえ、ひと言言わせてもらうけど、私たち人間もお金が全てってわけじゃないのよ」

「それじゃ、他に何を求める」

「愛情よ」

「綺麗事だな」

「いいえ、そうじゃない。だってあなたはすでに受け取っているわ。私の愛情を」

 婦人はそう言って、犬を優しく抱きしめます。すると犬は言いました。

「俺はもう長くない。小汚い俺の面倒なんかみる意味は無いぞ」

「あら、あなたの価値は私が決めていいんでしょ?」

 それ以降、犬は言葉を話すことはありませんでした。しかし犬は婦人の傍に寄り添い、そのおかげかどうかわかりませんが、婦人の店は以前より潤ったそうです。

『暗がりから牛を引き出すには』

 時刻は丑三つ時。牛飼いの青年は困り果てていました。

 それは先程小屋で飼っていた黒牛の一頭が、突然暴れ逃げ出してしまったのです。実はその日の昼間に、その黒牛は闘牛大会に出場して負けてしまっていました。おそらくそれが原因です。

 その逃げ出す音に気づいた青年は、急いで黒牛を追いかけました。
 すると黒牛は小さな洞穴に入っていきました。中は真っ暗で月明かりも届きません。興奮している黒牛はとても危険です。なので青年は不用意に洞穴の中に入ることが出来ませんでした。
 どうしたものでしょうか。このまま朝が来るまで待つのか、それとも一度小屋に戻り縄を持ってくるのか。縄がなければ暴れる黒牛を抑えることは出来ませんが、戻っている間に、黒牛がどこかに行ってしまう恐れもあります。

 青年は考えます。ちょうど今、洞穴の中は大きな物音はせず、耳を澄ますと黒牛の息づかいが僅かに聞こえて来る程度でした。このまま落ち着いてくれれば、これ以上刺激しないように朝まで見守ることが出来ます。もしかしたら黒牛自らが洞穴から出てきてくれるかもしれません。青年はしばらく見守ることにしました。

 しかし、そう話はうまくいきません。突然洞穴の中にいた黒牛が何かに驚いた声を発したかと思うと、その後急に水を打ったように静かになりました。

「おい、どうした?」

 青年が声をかけるも、反応がありません。もう一度、少し声量を上げて青年が声をかけてみると、思わぬ声が返ってきました。

「うるさいな、オイラはここらか出ないぞ」

 それはとても低い野太い声でした。声の主も気になりましたが、青年は三度声をかけます。

「お前は黒牛か? どうしてそこから出ない?」

「出ないと言ったら出ないのだ。オイラをここから出したかったら頭を使うんだな」

 青年は考えます。彼の気持ちを少しでも和らげねばと。そして言いました。

「お前は強い。今日負けたのだって、たまたま相手の調子が良かっただけだ。気に病むことはない。次、今度は相手の角へし折ってやろうぜ」

「いいや、オイラには無理だ。今日の一戦でオイラの角が折れそうになって、今でも軽くぶつかるだけで痛いんだ。こんな角じゃ戦えない」

 これほど弱気になった黒牛を、青年は初めて見ました。しかし、このまま放っておくわけにもいかないので、青年は改めて考え言葉をかけました。

「なら、ずっとそこにいるといい。戦えなくなったお前は、人に食べられるただの家畜になるだけだ」

 すると青年の言葉が響いたのか、ゆっくりと洞穴の暗がりから黒牛が出てきました。
 どうやらだいぶ反省したようです。よく見れば黒牛の角はすでに痛々しく折れてしまっています。その姿はもう威勢の良い闘牛とは判断しにくいものでした。

 ただ、暗がりから牛を引き出すには、尾を引いてやるのが良いみたいです。
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